コンテンツにスキップするには Enter キーを押してください

小林麻央さん



私も毎日彼女のブログをチェックしていました。
まず海老蔵さんのブログを開き、そのまま麻央さんのブログをのぞくという日常。

昨年の海老蔵さんが麻央さんの病気を公表した記者会見を見て、衝撃を受けました。
若い彼女の病気も衝撃でしたが、海老蔵さんの立派な受け答えにただただ、すごいな、と思いました。

それから彼らのブログを読み始め、麻央さんの前向きな気持ちや、ツラい状況を吐露したり、必死で生きようと頑張っている姿勢を心から応援していました。
それを全力で支えながら、自分自身のお仕事も頑張る海老蔵さん、子供たちを慈しむ姿を毎日楽しみにしていました。

時々麻央さんの更新がないと心配になり、更新があるとホッとしたり。

会ったこともなく、自分と同じ境遇でもなく・・・なのにとても気になる存在。
なぜこんなに心を惹かれるのかわかりませんでしたが、周りを見渡すと、同じような感覚に陥っている人が多いように思います。

以前、麻央さんがイギリスのBBCに寄せた寄稿文に大変感銘を受けました。

「人の死は、病気であるかにかかわらず、
いつ訪れるか分かりません。
例えば、私が今死んだら、
人はどう思うでしょうか。
「まだ34歳の若さで、可哀想に」
「小さな子供を残して、可哀想に」
でしょうか??
私は、そんなふうには思われたくありません。
なぜなら、病気になったことが
私の人生を代表する出来事ではないからです。
私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、
愛する人に出会い、
2人の宝物を授かり、家族に愛され、
愛した、色どり豊かな人生だからです。」

これを読んだ時、本当だ、本当にそのとおりだ、と思いました。

彼女の誠実でまっすぐな人柄から、まるでマリアさまか観音菩薩様のように言われていたりもしますが、私は逆に、彼女の人間味あふれる正直な気持ちを感じました。
「生きたい!」という気持ちを素直に表現できるまっすぐさ・・・。

もちろん、ブログだけが麻央さんの心の全てではないでしょうから、心の奥の書けない気持ちもあったかもしれませんけど・・・

重い病気を患ってしまうと、最期の姿の印象が強すぎて、その人の人生そのものが病気で終わってしまったかのように思ってしまうことがあります。
その人のそれまでの人生がかすんでしまうなんてもったいない。
病気だけではなかったその人の人生全部が大切なんだな~と思いました。

それって、なかなか気づくことができないことかもしれないし、ましてや当人でも家族でもない部外者なんてもっと気づけません。
私が麻央さんの言葉で「はっ」としたように、日本の多くの人々に気付かせてくれたのではないでしょうか。

News Zeroの村尾さんがおっしゃっていた、

「人は何年生きるかは決められないけど、いかに生きるかは決められます」

みたいな言葉も胸に響きました。

何気ない日常を過ごす中でも、彼女が残した沢山のメッセージを心に留めておこうと思っているこの数日です。

↓ポチっとしていただけると嬉しいです
にほんブログ村 主婦日記ブログへ
にほんブログ村

日記・雑談ランキング



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください